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釜山で射撃場火災



釜山で射撃場火災、日本人観光客ら10人死亡
韓国・釜山市中区新昌(シンチャン)洞の室内実弾射撃場で14日午後2時28分ごろ、火災が発生し、同市の警察、消防当局によると、建物にいた日本人観光客ら10人が死亡、6人が重軽傷を負った。火災は出火から約1時間半で鎮火したが、詳しい出火原因は明らかになっていない。被害者は釜山市内の五つの病院に運ばれ、やけどの程度のひどい重傷者が多数含まれている。警察当局によると、遺体は損傷が激しく、DNA鑑定などを行わない限り、身元確認は困難だという。 現場となった「ガナダラ実弾射撃場」は、市中心部の国際市場の中の雑居ビル2階にある。インターネットの日本人用の旅行案内サイトなどで詳しく紹介されており、利用者の大半は日本人観光客だったという。
博多港から高速線で3時間という気楽さもあり、また釜山市内にある実弾射撃場で人気があったようだ。私もハワイへ行った時に今回と同じような射撃場で楽しんだことがあるが・・・射撃場だからといって利用する側が特別に火災に気をつけたりはしない。

「わざわざそんなところへ行くから」

と、いう見方もあるかもしれないが、それはホテルであっても同じで、いちいち避難経路や安全対策などを気にかけていると海外旅行などできない。よって、これはいつでも何処でも起こりえる不幸な事故と考える方が適切だろう。

それにしても、亡くなられた方には・・・合掌。
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| 社会 | 00:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「たばこ」1000円実現を!



日本財団会長・笹川陽平 鳩山首相殿「たばこ千円」実現を
昨年、暴論を承知で、本紙でたばこ1000円値上げを提案し大きな反響を得た。現在も活発な賛否両論が展開され、来年2月には、すべての職場や公共の場所、公共交通機関を禁煙とするよう求めた「たばこ規制枠組み条約」の実施期限を迎える。

 2005年、世界で19番目に条約に批准した日本は、その後、欧米各国が規制を強化する中、規制最後進国の立場にあり、国際公約上も早急な対策強化が不可欠である。特に値上げは、条約が言う通り「たばこを規制する上で不可欠な施策」であり、1箱1000円は今や先進国の常識である。新政権の積極的な取り組みに期待して、あらためてたばこ1000円を提案する。
たばこ1本10円上げ、1箱500円に 厚労省税制改正要望

たばこのパッケージに余計なお世話「喫煙は、あなたにとって・・・」云々と書かれるようになったのは、さていつ頃からだったか?(ーー;)そして、急速に「喫煙」そのものが「悪」であるかのように、副流煙の被害や「ポイ捨て」が社会問題化して、一気にたばこ離れが進んだ。

そして、未成年者の喫煙防止の為!という事で自動販売機にまで規制の手が伸びた現在、それはもう普通の商品だったら誰も買いませんよ。中毒性のあるたばこだからこそそれでも吸う人がいる。

かくゆう私も「禁煙」した。(笑)
しかしながら、何の因果か2年ほどでまた喫煙するようになった。もっとも以前ほどのヘビースモーカーではなく、吸ったとしても1日に数本程度なのだが、それはそれで適度に開放感を齎せ精神衛生上非常に良い。

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| 社会 | 09:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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派遣社員が映画監督



おれ派遣、おれを撮る…26歳「岩淵監督」が映画化
 「監督、というか……。監督の岩淵です」

 派遣切りのニュースが世間を騒がせ始めた先月初め。東京・渋谷で開かれたドキュメンタリー映画「遭難フリーター」の上映会で、監督の岩淵弘樹さん(26)は観客に自己紹介した。「監督」と名乗る時、気恥ずかしくていつも口ごもってしまう。

 2006年4月から1年間、埼玉の工場で派遣労働者として働いた。当時の自分と仲間を撮った作品は3月下旬から劇場公開される。日記の出版も決まった。

 クリスマスイブに渋谷の漫画喫茶に泊まった自分。スクリーンに映し出される自分に現状を伝えても信じないに違いない。

 仙台市出身。漠然と「何かを表現する人」になりたくて、山形の大学の映像学科に進んだ。しかし「何か」はなかなか見つからない。授業をさぼってパチンコにおぼれ、卒業に1単位足りず留年。出版社の内定を取り消され、仙台に戻って派遣労働者となった。

 埼玉での勤務を希望したのは、あこがれの東京に少しでも近づきたかったからだ。刺激を求めていたのに、仕事はプリンターのインクの容器にふたをつける作業の繰り返しだった。

 初の休日、大学時代の友人と酒を飲んだ。「作品をつくるんじゃねえのか? おめー何してんだ」。酔っ払ってぶつけ合った言葉は、それぞれが自分に発していたのかもしれない。

 翌日、久しぶりにビデオカメラを手に取った。平日は寮と工場を往復し、週末には東京に出て日雇い派遣で働く自分の姿を、何の構想もないまま撮り始めた。

 「格差社会の被害者」と決めつけて自分を取材するマスコミに「社会問題の当事者として生きているわけじゃない」と反論する。居酒屋で中年男性から「あなたは企業の奴隷だ」としかられる。やり場のない怒りを振り払うかのように夜の街を自転車で走る……。

 自分でナレーションも入れた。「俺は誰に負けた? 俺は誰の奴隷だ? 勝手に俺の気持ちを代弁するな」

 この言葉に込めた思いを岩淵さんは説明する。「自分は自分の意志で今の生き方を選んでいる。苦しさを社会のせいにしたくない」。その気持ちがぶれることは最後までなかった。

 撮影時から応援してきた作家の雨宮処凛(かりん)さんは、完成した作品を見て泣いたという。「自分を負け組として描き、格差社会を批判する物語にしてしまえば理解されやすい。でもその誘惑をはねのけ、当事者ゆえの微妙なプライドまで踏み込んで表現している。すごい青春映画だと思った」

 07年7月、作品が初公開されると、「当事者が初めて派遣労働者の思いを発信した」と話題になり、各地で上映会が開かれた。

 格差社会と言われる今の日本。岩淵さんの思いとは別に、そこでの非正社員の立場をストレートに映し出す作品は、香港やロンドンの映画祭にも招待された。

 「自分の置かれた状況が、たまたま現代の問題と合っただけ」。上映会ではそんな冷めたことも語る。「自己責任で片づけるな」「社会を見ろ」。観客から説教されることもしばしばだ。

 それでも作品が人の心を動かしたのは間違いない。

 劇場公開、出版……。この騒ぎが終わった後に何をするか、明確な見通しのないまま今も派遣労働者を続けている。ただ、はっきり言えることがある。これからもカメラを回し続けるということだ。(岩永直子)
(2009年1月11日15時36分 読売新聞)

| 社会 | 19:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「かわいがりは制裁」 検察側、経緯を詳述 力士暴行死

角界を揺るがした大相撲・時津風部屋の若手力士暴行死事件。名古屋地裁で7日始まった初公判には、遺族だけでなく大勢の傍聴人が詰めかけた。検察側は冒頭陳述で、兄弟子らが絶対的な存在である前親方と共謀して無抵抗の若者に暴行を加えたとして、その経緯を詳述した。

     ◇

 検察側が冒頭陳述で主張した暴行の実態は、「かわいがり」に名を借りた制裁にすぎないというものだ。

 ■07年6月25日夜の暴行

 「おまえらも教えてやれ」

 午後8時ごろ、親方(当時)の山本被告が空になったビール瓶を斉藤さんの額に打ち下ろすと、3被告らに言い放った。斉藤さんの額からは血が流れていた。

 さらに、親方は「逃げるかもしれないから、鉄砲柱に縛り付けておけ」と指示。

 意図を察した藤居被告は「連れて行きます」と言って、斉藤さんを大広間から洗濯場に連れ出した。藤居、伊塚、木村の3被告が代わるがわる顔や腹を殴り、下半身をけりつけた。

 その後、けいこ場に連れて行き、他の兄弟子と鉄砲柱に縛り付けた斉藤さんに約30分間、藤居、木村の両被告が顔面に数回張り手を浴びせた。

 大広間に連れ戻された斉藤さんに親方が「おれがここまで怒ったのは初めてぐらいだ。なめとんのか。怒らしたら怖いんだ」などと怒鳴りつけたため、3被告らは再び洗濯場で殴るけるの暴行を加え、藤居被告は直径約4センチの木の棒で尻などを打ち据えた。

 暴行の後、親方は藤居被告に「お前ら、あんまりやっていないなあ。顔とか全然腫れてないじゃないか」と注文をつけた。

 ■26日午前の暴行

 午前11時ごろ、通常のけいこが終わり、親方は木村被告に斉藤さんとぶつかりげいこをするよう指示した。投げられて土俵に突っ伏し、起きあがれない斉藤さんを無理やり立たせ、数十発の張り手を浴びせ、土俵上を引きずり回し、脇腹をけり上げた。伊塚被告ら他の兄弟子も土俵に上がった。


親方自身は木の棒を両手で持ち、斉藤さんの尻をバットスイングのように打ちつけた。斉藤さんは「うわっ」と悲鳴を上げた。親方が土俵内に木の棒を投げ込むと、これを兄弟子の1人が拾い上げて尻などを殴りつけた。伊塚被告は金属バットを持ち出し、尻を殴った。

 動かなくなった斉藤さんを見て、親方は土俵の外に連れ出すよう兄弟子らに指示。親方は、起きあがらない斉藤さんを座らせ、顔面にジェットノズル付きのホースで水を浴びせた。斉藤さんはそのまま、動かなくなった。

 親方は、斉藤さんの死後、愛知県警の事情聴取が始まるとビール瓶で殴ったことを兄弟子らに口止めした。

     ◇

 3被告はいずれも白いワイシャツに黒いズボン姿で入廷し、傍聴席の遺族に向かってそれぞれ一礼した。まげを落とし、丸刈りになっていた。

 裁判長に促され、大きな体の3人が被告席に並んだ。検察官が起訴状を読むと、藤居被告は顔の汗をぬぐった。

 罪状認否で伊塚被告は「傷害致死については認めます」とか細い声で述べた。木村被告を含む3人とも起訴事実は認めつつ、「違うところがある」「一部異なるところがある」などと主張した。

 3被告が罪状認否を始めると、傍聴席の最前列に座った斉藤俊さんの父正人さん(51)は、身を乗り出すようにして3人を見つめていた。

 弁護側は冒頭陳述で、前親方が「鉄砲柱に縛り付けろ」と最初に指示した際、「異常な指示だったので、兄弟子たちは最初、誰も動かなかった」と述べた。

 6月26日にぶつかりげいこを前親方から指示された木村被告の心境についても「内心は『なぜ』と不満に思ったが、親方の指示に従うことが原則で、逆らえなかった」と説明した。この間、3被告は下を向いたままじっと聴き入っていた。


検察側は大型モニターを使って冒頭陳述をしたが、3被告はモニターに目をやることなく聞いていた。
http://www.asahi.com/national/update/1007/NGY200810070018.html

| 社会 | 21:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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