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あんたのバラード



08年1月のNHK「SONGS」この中で世良は驚くべき事を語っていた。
ツイスト解散後、ソロ活動を始めたが・・・スタッフ(舞監)から「その表情やめてもらえます?」「そのアクションはもう・・・」など等、それまでの自分のボーカルスタイルを徹底的に否定された。と・・・当時仲間内で「おナルの世良ちゃん」と呼ばれていたが

しかし、まさかそんな事を公言するとは思わなかった。(笑)
それゆえにこの番組で言っている事は本音なんだな。と、他の事も含めて妙に納得したものだ。

やっぱりあの時・・・ヾ(^o^)





▼1974年3月--------

高校の卒業式が1週間後に迫っていた中、大阪芸術大学「放送学科」の一般入試が行われた。当日は雨が降っており3月だというのにとても肌寒かった。

試験問題が配布された。
瞬間、「ふん!去年と同じパターンだな楽勝」と思いきや、試験官が「本年度は選択制ではありません。論文と古文両方の解答を書いてください」とアナウンスした。

「えーーーそんな事、聞いていませんよ!」と試験会場のあちこちからブーイングが出た。もちろんオレも・・・


「ずいぶん早いねどうだった?」

オレ
「アカン」


「えっ?」

オレ
「うちの高校に古文なんて授業なかったし」

記憶している試験問題の冒頭部分を口にした。


「それって若山牧水じゃない。。。」

オレ
「選択だったはずが、今年は両方だったんだ」


「それで?」

オレ
「ははは・・・さっさと帰ろう^^」

オレは玄関口に向かった。待っている間にHは隣の女性と親しくなったらしく挨拶をした。受験生はまだ誰も出てきていないようだった。オレは駐車場のセリカ・リフトバックの助手席に乗り込んだ。

2日後の「映像計画学科」のテストは予定通り「論文」だけだった。この時、宏枝は来てなかったが電話で完璧だった事を伝えた。

▼4月---------

オリエンが終わった後、学内のカフェに集合した。

映像計画のオレと芸術計画(この年新設)の浜田、そして放送に無事合格した斉藤。どちらも神戸滝川高校出身で、二人ともギターができた。オレは・・・別のとんでもない高校だった。

斉藤
「何かける」

オレ
「ジェット」

浜田
「ストーンズ」

斉藤に100円硬貨を渡すと、彼はすぐにジュークボックスへ行った。いきなり大音量で「プリーズ・ミスター・ポストマン」がかかった。

斉藤
「まだストーンズも入ってなかった」

オレ
「ウイングスは?」

斉藤
「お前の大好きなジェットはあったよ^^」

浜田
「で、どうする?軽音覘いてみる?」

斉藤
「えっクラブに入ってしまうのか?」

オレ
「先にドラムを探がそうぜ!」

斉藤
「ドラムなら甲南のASがいるじゃないか」

浜田
「甲南のASをどうやって、ここまで連れてくるんだ?」

斉藤
「あーーーこっちでやるんだったな?新しいメンバー入れて」

オレ
「一応な^^ジェット♪」

浜田
「お前が来るとジェットがかかる!って皆知ってるみたいだな」

オレ
「ん^^ジェット♪」

斉藤
「ほんとだ(笑)手を振ってやがる」

この当時、まだまだフォーク・ソングが全盛で、バンドをつくってロックをやろうなんていうバカは少なかった。でもこの芸大ならそんな変わったやつがきっとたくさん居るだろうと期待していた。

それにしても毎日神戸から2時間近くかかって通学するのも大きなロスだった。特に一般教養なんて授業はとんでもなく退屈だった。高校の時でさえまともに授業に出た事がないのに・・・それでも授業に出てると、同じ学科の知り合いは徐々に増えていった。


「ここいいかな?」

オレ
「あー勝手にどうぞ」


「放送学科の入試の時、試験官に暴言を吐いて出て行ったの・・・君だろう?」

オレ
「んー?あれは暴言ではない。ちゃんとした抗議だ」


「黄色いスポーツカーで女連れで入試に来てたというのは?」

オレ
「黄色いスポーツカーじゃない。ヤマブキ色のセリカ・リフトバックだ。キャブはソレックスからウェーバーに変えているし!もっともオンナのクルマだけど」


「ふーーーん。よくわかんないけど、すごいね(笑)」

オレ
「ところで、お前はなんでそんな事知ってんだ?」


「この間、放送学科の集まりの時に話題になったらしいよ」

オレ
「斉藤のバカかっ!」

出欠をとると遠くで授業が始まった。隠れて抜け出すヤツも何人かいたが、なんとなくオレは最後まで居た。もちろん暫しの安眠をむさぼりながら


「おひるどうすんの?」

オレ
「んっ?別に」


「うち来ない?パンならあるよ」

オレ
「何処?」


「南側の学マン」

オレ
「オッケー」

学マンとやらに初めて入った。10畳ぐらいの広さのワンルームにベットと机、そして小さなラジカセ、後はダンボールの箱が積まれていた。


「まだ全然片づけができてなくて」

オレ
「どこから来てるんだ?」


「広島」

オレ
「ふーん。オレも生まれは呉だ」


「えっ!ほんとに?ボクも呉なんだ^^」

まるで、出稼ぎ労働者がお互いの出身地を確認し合っているような変な気分だ。それでも遠方から大阪にきた当時の年齢ではそういったちょっとした事に必要以上の親しみを感じたのだろう。彼はティーバックで紅茶を入れてくれた。そしてトースターにパンを仕込んでいた。

オレ
「ギターできるのか?」


「なんで?」

オレ
「その壁のポスター」


「あージミヘンね。こっちへ来る時に友達にもらったんだ」

オレ
「あっそう。。。あっオレはバターだけでいい。」


「ジャムは嫌いなの?」

オレ
「ああ。甘いものはダメだ」

そいつはトーストにバターを塗った後、ジャムをつけようとした。バターだけ塗ったトーストを皿に乗せてオレの座る前のテーブルに置いた。

オレ
「ありがとう^^今後ここへ差し入れ持ってくるからな(笑)」


「ボクはドラムなんだ」

オレ
「ん?」


「高校時代、呉のクラブでずっとドラムたたいてた」

オレ
「おいっ!」


「どんなバンドつくるの?」

オレ
「えっ?」


「斉藤君からきいた」

オレたちは午後の授業をほったらかして話しこんだ。斉藤は積極的にドラムを探していた。その話を耳にした男(向山)は、自分がドラムができる事を斉藤に言わずに、その他のメンバーを聞き出してオレに接近してきた。

オレは自分たちのバンドの音楽性や嗜好性などを話した。向山も同じように感じていたようだった。そして来週、とりあえず神戸に来てもらってテストすることにした。もちろんテストとは言わずに

オレ
「甲南大学の軽音の部屋借りるからそこでやろう」

向山
「甲南大学?」

オレ
「うん。そこならちょっと自由がきくんだ」

向山
「斉藤君や浜田君も?」

オレ
「うん。あいつらにも声をかけとく」

向山
「どんな曲やる?知らない曲だったらドラム譜がないと」

オレ
「甲南の軽音に行けば、なんかあるはずだから用意しとくよ」

甲南大学、軽音楽部には高校生の頃から出入りしていた。もっとも高校生という事を誰も知らなかったはずで、その頃のオレは「浪人」を通していた。^^中でも2歳年上の天野とは、バイト先(ライブハウス)が一緒だったこともあり仲がよかった。

向山
「放送学科に同じ広島出身同士でバンドやってる連中が居るの知ってる?」

オレ
「いや」

向山
「君と同じくらいデカイやつで、高校時代のメンバー全員でこの学校へ来たようなんだ」

オレ
「ふーーーん」

向山
「今度紹介するよ」

オレ
「まー別にいいけど、それよりFENのカセット持ってない?」

向山
「あるよ!時々広島から送ってもらってる」

オレ
「それ貸してくれっ!」



電車に乗り継ぎ、2時間かけて神戸に帰る。。。
国鉄摂津本山駅の南側・・・駅前のマンション、本山アーバン・ライフの1階に、たまにライブハウスになる「アルファルファ」はあった。もしかしたら今日はケースケがバイトで入っているかも知れない。

オレ
「居てくれてよかった^^」

ケースケ
「オレがか?それとも^^」


「お帰りー♪」

オレ
「あっ!ども、ただいまっ!」

カウンターの前に座ると、水とおしぼりがでてきた。

オレ
「あれ?バイトで入ってるの?」


「カメイちゃんが来るまで誰もいないからちょっとお手伝いよ^^」

オレ
「へーそうなんだ」

ケースケ
「亀井さん久々の撮影なんだって」


「ひさびさって、カメイちゃんは売れっ子よ」

オレ
「カメイちゃん・・・って(笑)」

アルファルファの元の名前は「KC」そこを居抜きで買ったのが亀井さんの親戚で、その親戚から依頼されてアルファルファを切り盛りしていた。年齢は不明だったがたぶん20代後半。女はキョーコちゃん。身長170センチ強で、これもどこからみてもモデル・モデルしている。こっちはオレと同じ年だった。そしてどちらも藤川に所属していた。

キョーコ
「ねーこの間の歌なんて歌?」

オレ
「えっ?誰の?」

キョーコ
「神戸へ帰ろぉ~♪ってやつ」

ケースケ
「ユーイチ。お前この間酔っ払ってギター弾いて歌っただろう」

オレ
「あーアレか」

そうこの時期まだオレは歌っていた。(笑)アコギ1本で・・・

神戸へ帰ろぉぉぉ~
もうっ くたびぃれたァァァ OH Yeaぇぇぇ~
あの娘の待ってるぅ~♪
神戸へ帰ろぉぉぉ~

町内会のセンパイでまだまだ誰にも知られていない。
「もんたよしのり」のブルースを^^



1974年5月へ続く・・・

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あらら・・・世良が出てくると思ったら、「もんた&ブラザーズ」の「もんたよしのり」か?どうなってるんだ。と、お怒りはごもっとも、寄り道しすぎてなかなか着かない。。。よくあるコトです。っていうか人生そのものです。(^0^)


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